大事な局面

7時を回るか回らないかの時間に入ったら「16番目です」とのこと。
しばらくしたら旦那がやってきて「下は1時間ぐらいだって」というので2人でご飯を食べに松屋へ。
戻ってからそれぞれの目的のクリニックへ向かう。今回は旦那の方が早く戻ってきた。ひとりでもたれかかって座っていたのだけど、並んで座れなかったので、旦那の隣に移動。でも、もたれるところもなく、だんだんしんどくなってきたのと、受付でこそこそ話しているのも気になりだしたので、もたれるところがあるいすに移動。鞄を下げていく元気もなくなってきて、先生への手紙とハンカチだけを握りしめて順番を待つ。


パニックになりそうな動悸がしそうなときは、手首を見ていると拍動が見えてくる。普段ならあまり見えないのだけど、拍動が見え出すと、ますます不安が大きくなってきて胸が締め付けられるような苦しさがやってくる。苦しくて辛くて、叫びたくなるような気持ちを抑えていると涙が出そうになる。そわそわしてじっとしていられず、あっちへもたれたり、こっちへ傾いてみたり。そんなことをしているうちにようやく呼ばれる。
「こんばんわ。今日はどうですか?」いつもと同じように静かに尋ねられる先生に
「自分の居場所がないというか、立ち位置がわからないというか、今でも動悸がしているような感じがあってとても気持ちが悪いです」と答える。
「この1週間の間に何かがありましたか?」との問いに
「手紙にも書いてきたんですけど、この間に訪問の同行実習があって、『アクシデントを呼ぶ女』とでも呼びたいような、初日には相手側の手違いで1時間待たされたり、今日は今日で、よそのデイサービスセンターに行こうとして道に迷っているおばあさんに遭遇したりして、そんなことのすべてを自分が招いているような気がしてくるんです」
というと、さすがに先生も苦笑しておられた。自分でもわかっているけれど、そういう考えが浮かんできてしまうんです、と重ねて言うと「まずはそれを拝見しましょうか」と手紙を読んでくださった。
そして「自分でも大事なことに気がついているんですよね」と。
「『他人の家のことはできるのに自分の家のことはなぜできないのか』まさしくここに重大な問題があるわけですよ」
発想の転換をしなければいけないこともわかっている。でも、今までの長い間に『他人に評価されることで自己評価が決まる』という風にものすごくすり込まれてしまっているので、とても難しくて苦しいところだと思います」
「いつも言うことの繰り返しになるけれど、ここで大事なことを再確認してもらいたいんです」
「まずは自分の健康、そして家族とのコミュニケーション、暖かい家族で楽しく過ごすことに喜びを見いだしてもらいたいけれど、そこがなかなかできていない。まだ仕事に未練が残っているんですね」
「立ち位置は今のままでよろしい。息子さんとの関わり方も変わってきて、何よりも息子さん自身が変わってきているのが、お母さんの話しぶりからも伺えます。とてもいい方向に向かっているんですよ。そこのところに対する自信と自覚がまだ持てないんですね」
「更新試験だって1日でやって十分こなせたわけでしょう。今までやってきた勉強や技術といった実力はそう簡単に衰えたりしません。自分を大切にして、家族を大切にして、後は主婦のお小遣い稼ぎ程度でもかまわないと思うんですよ」
「今回のことでよくわかったと思うけれど、あれは『仕事だからできた』んです。『家庭のことはそんなに頑張らなくてもいい』んです」
そう繰り返される。