診察に行くのが辛い

初診から約2年間の通院生活で、初めて診察に行くのが辛いと感じた。
これまでにも、意見が食い違ったり、
自分の意図に反する答えが返ってきたりしたことはあったけれど
診察に行くのが辛いと思ったことはなかったのに。


何を話せばいいのかわからないとか
こんなこと言ってもいいのか、とか
どんな返事が返ってくるだろうか、とか
考えて煮詰まったことはたくさんある。
考えすぎて、待合いで涙を流しながら診察を待っていたこともある。


今回は、やっとの思いで重い腰を上げ、
ノロノロしているうちにバスに置いて行かれ
挙げ句の果てには電車にも乗り遅れ
仕方がないので電話をかけて理由を話し
受付時間に5分ほど遅れてクリニックに入った。


何を話そう、なんて言えばいいんだろう、
いっそのこと何も言わずに黙って座っておこうか
待っている間にいろんな考えが浮かんでは消え
頭の中のモヤモヤは大きくなるばかりでいつしか涙が流れていた。


診察室に呼ばれたときも一瞬、部屋にはいるのをためらってしまった
入った瞬間から声が出なかった
主治医はいつものように「今日はどうですか?」とたずねてくる。
しばらく言葉が出てこなかったけれど、
しぼりだすようにして口から出た言葉は
「なんと言えばいいのか、よくわからないのですが、疲れました」
「しんどくて、すべてのことが嫌で、何をする気にもなれません」
「今朝、目が覚めたら、いつもならまだ家族がいる時間なのに、
 みんな私に気を遣ってくれて、黙って家を出て行ったみたいで誰もいなくなっていた」
初めから涙があふれて、うまく話せなかったけれど、とにかくそんなことを話した。


主治医は「家族が誰もいなくなって置いてけぼりにされたような気になりましたか?」とたずねる。
私は「それよりも『自分がいなくっても家庭も世間も勝手に回っているやん。それやったら私なんて必要ないやん』と思いました」と答えた。
「私は子供の頃から病気やけがなどでお金がかかるばっかりで『金食い虫』と言われて育ってきた。今の私もやっぱり病気やけがばっかりでお金がかかるだけの存在になってしまい、家族に迷惑をかけている」
「おまけに家事も何もできないし、何の役にも立たない」
「もういろんな事を考えるのにも疲れたし、できない自分に振り回されるのはたくさんなんです」


そんなふうに泣く私をいつもと違うと思ったのか
主治医はまるで初診の患者を診察するかのように
「今、家にいるときはどんな風に過ごしていますか?」
「外出はどんな感じですか?」
「睡眠の状況は?」
とひとつひとつ改めて確認するように質問を重ねてくる。
私は、と言うと
「家ではほとんど何もせず、寝ているか、ぼーっと過ごしているか、ときどきたまってどうしようもなくなった洗濯をするぐらいで、そのほかの家事は一切できていません」
「外出は、通院と、子供の塾の送り迎え、外食に出るぐらいで、人とあまり会いたくないので買い物も外が暗くなって、人の顔の判別がつきにくくなるような時間帯にしか出られません」
「睡眠はまったくばらばらで、全く眠れないこともあれば、昼間ずっと寝ていることもあるし、寝ていても1時間おきに目が開いて、ずっと不調です。昨日などはダメだとわかっていてもアモバン2錠にデパスを足して、それでも朝の4時頃には起きてしまいます」
といった具合で、できるだけ自分の今の状況を知ってもらおうと正直に話した。


しばらく考え込んでいた主治医は私に向かって
「いつも言うことの繰り返しになりますけどね、一貫して自己評価が低すぎる。この点はずっと話してきているので、ご自分でも理解しておられると思いますけど、どうしてもそこのところの考え方を変えなければならないんです」
「朝、起こさないようにそっとしておいてくれるのも、あなたがそう言う家庭を作ってきたからこそ、お母さんを大事にしてくれる家族がいるわけですよ」
「それに、何の役にも立っていない、と言うけれど、これまでのことを考えてご覧なさい。小さいときからずっと頑張ってきてね、大人になっても一生懸命仕事をして、家庭も作り、子育てもして、さらに仕事もし、いろんな会の世話人までこなしてきたんです。もう充分頑張ってきて、頑張りすぎて病気になってしまった」
「ご両親のことだってそうでしょう。あなたは愛されてきたことよりも、不幸なことが多かったかもしれないけれど、結局あなたを頼りにしている。他の兄弟と比べてご覧なさい。ずっとずっと役に立っているはずですよ」


いつもなら黙って涙を流しながらうなずくだけの私だけど、
「もう、本当にすべてのことが嫌になったんです」
「振り回されたりするのにも疲れたんです、嫌なんです」
「もう、誰とも意思の疎通がないように感じてしまって、どうすればいいのかわからないんです」
と思いの丈をぶちまけた。自分でも考えていた以上に感情の波が激しくなっていたみたいだった。


私の様子を見ていた主治医は
「ここは思い切って、治療方針を変えましょう」
といい、投薬変更を告げた。
「アビリットを中止して、デパケンRというお薬を出します。てんかん躁鬱病の治療に使われるお薬ですが、気分の波を調節してくれる働きも持ち合わせていますから、少量から始めたいと思います。この薬は血中濃度を測定しながら調整していかないといけないお薬なので、とりあえず、2週間後に1度、採血をして、増量するかどうかを決めていきたいと思います。ジェイゾロフトや他のお薬はそのまま現状維持で行きますので、いいですね」
実際には、副作用の説明とかもしっかりあったのだけれど、要約するとこんな感じで話が決まった。


診察室を出てからも、しばらく涙が止まらなかったが、遅れてきた私に嫌な顔一つせず、たくさんの時間を割いてくれた主治医に感謝の思いでクリニックをあとにした。